松風
Wind in the Pines

   
   

 日本の原風景として海岸線の景色を思い浮かべたとき、多くの日本人は白い砂浜と、青い葉を茂らせ堂々と佇む黒松の姿を思い描くのではないでしょうか。北斎や広重、長谷川等伯の松林図、涼やかな風が通り過ぎるような、そんな海岸線の風景は日本の自然の代名詞といえるかもしれません。

 しかしそんな松の風景も実は縄文期の狩猟生活から、弥生式の農耕定住生活へと日本人の生活スタイルが変化するとともに、人の手によって作られてきた人口の風景なのです。

 日本人の食生活が米穀中心になると、食物を煮炊きする必要があり、薪を集める必要が生まれました、年間を通して葉を茂らせ、油脂分を多く含んだ松の葉や枝は良質の薪となります。また痩せた土地を好む松の木は、他の植物が育たない砂浜でよく繁殖し、農地を守る為の防風林、防砂林としての役目を果たしました。

 そのような理由によって農耕が広まるとともに日本の海岸線にはたくさんの松の木が植えられていったのです。また人々は自分たちの生活にとって非常に有益なその樹木を敬い、大切に守ってきました。現在でも一年を通して緑の葉を茂らせることから、繁栄の象徴とされ、「松竹梅」や「松の内」、能の鏡板など、松の木は日本人にとって最も「めでたい」樹木とされています。

 しかし現代社会に置いて米を煮炊きするのは、「電気」や「ガス」であり、ほとんどの日本の海岸線には堅固なコンクリート製の防波堤が張り巡らせられ、温室栽培の恩恵でどの季節でも新鮮な緑を手にすることが出来るようになった今、日本人と松の親密な関係は崩れ去ろうとしています。

 温帯湿潤で四季による気候の変化が大きい日本の自然形態は、植物の繁殖には非常に恵まれた環境であり、急峻な山間部から海までの距離が極端に短い土地形態にも関わらず、非常に肥沃な土壌保有しています。本来松はこのような肥沃な土地には繁殖しない植物であり、人の手が入ることで管理、繁殖を続けてきました。しかし現在、酸性雨や松食い虫の害も合わさって日本の松林は消滅の危機に立たされており、冬の強風が吹き荒む砂浜に、寡黙に佇む黒松の姿、日本人が理想とする生き方そのものとも言えるその風景は失われてしまおうとしています。

 私はどうにかその失われつつある風景を記録にとどめ、日本人共有の記憶として保存したいと考え撮影を始めました。

 

 

  Shiratsuka, Mie
2006
 
  Noto, Ishikawa
2009
 
  Kehi, Fukui
2009
 
  Noto, Ishikawa
2009